「人生の金継ぎと、未来への手紙」 ― トラウマを抱えながらも生き延びてきたあなたへ

新しい年が始まると、「これから」の話題が一気に増えます。
今年は何をしようか。どんな自分になりたいか。目標、成長、挑戦。

でも、その空気の中で、自分だけどこか息苦しさを感じている人もいるかもしれません。特に、発達性トラウマやACE(逆境的小児期体験)を抱えている人にとって、この「前向きな空気」が逆にしんどく感じられることがあります。

幼いころ、安全だと感じられる場所が少なかったこと。
大人の都合を優先して、自分の気持ちを飲み込むしかなかったこと。
「普通」にできない自分を、ずっと責めるクセが染みついてしまったこと。

「そろそろ前向きにならなきゃ」と思うほど、体が固まり、何も感じないようにシャットダウンしてしまう。
それは、あなたが弱いからでも、やる気が足りないからでもありません。
むしろそれは、長いあいだ大変な環境を生き抜くために働き続けてきた、神経系と心のパターンです。

人生は、襷をつないできた駅伝のようなもの

今年も感動の駅伝でスタートしましたが、人生は、駅伝のようなものかもしれません。
最初から万全の状態でスタートラインに立てた人ばかりではない。

寒さの中を走らされた区間、
無理なペースを強いられた区間、
周りと比べてながらも必死で走った区間。

それでも、あなたの中の「そのときの走者」は、持てる力のすべてを使って、襷を次の区間へつないできました。

立ち止まらなかったから立派なのではありません。
倒れそうになりながらも、今の自分まで襷を繋いできたのが、何よりの事実です。

脳は「未完了の区間」を抱えたまま、次を走れない

神経科学やトラウマ研究では、人が安心して未来を思い描くためには、過去の出来事が、

「今も続く危険」ではなく
「すでに走り終えた区間」

として脳内で統合されていることが重要だとされています。

つらい経験を見ないふりをしたり、「考えないようにしよう」と抑え込んだりすると、脳はそれを“まだ襷が渡されていない区間”として保持し続けます。

その結果、

  • 似た場面で過剰な不安が出る
  • 新しい挑戦の前で、強いブレーキがかかる
  • 「どうせまた失敗する」という予測が先に立つ

といった反応が起こります。
これは意志の弱さではなく、「次の走者を守るために、まだこの区間は危険だと知らせる脳の防御」です。

だから振り返りは、後ろ向きな作業ではありません。
「この区間は、もう走り終えた」と脳に知らせ、襷を次に渡すための更新作業なのです。

この5ヶ月、私たちがやってきたこと

現在開催しているワークショップ「わたしの物語カフェ」では、この5ヶ月間、人生の棚卸しを重ねてきました。
(ここ半年ほどのブログの内容もワークショップの内容とリンクさせているので気になる方はそちらもどうぞ^^)

大切にしてきたのは、いきなり「未来の区間」を走り出すことではありません。
まず、日々の生活の中で心と体がほっとできるリソースを見つけ、安全に立ち止まれる場所をつくること。

次に、

  • つらい区間の中でも、確かに存在していたシルバーライニング(希望の在りか)を見つけること
  • 走り方の奥に流れていたコアバリュー(人生の軸)を言葉にすること
  • 病気、別れ、引っ越し、挑戦など人生の節目=区間をあらためて見つめ直し、そこから何を学び、どんな襷を次に渡してきたのかを整理すること

などを、評価や反省ではなく、理解とリスペクトのまなざしで行ってきました。

それは過去を掘り返すためではなく、ここまで走ってきた自分から襷を受けとり、これからを生きるための土台を整えるための時間です。

なぜ、振り返ったあとに「未来への手紙」なのか

このプロセスを経たからこそ、最後に設けたテーマが「わたしから未来への手紙を書く」でした。

未来への手紙とは、
未来の自分に

「もっと頑張れ」
「ちゃんと走れ」

と檄を飛ばすものではありません。

むしろ、

  • まだ迷っているかもしれない自分
  • 途中で立ち止まるかもしれない自分
  • 同じ場所を何度も走るかもしれない自分

に向けて、

「この襷には、どんな思いを込めて渡したいか」
を言葉にする行為です。

未来への手紙は、「変わりなさい」という命令ではなく、

「この物語は、ここで終わっていない」
「次の区間を走るあなたを、私は信じている」

と神経系に伝える襷そのものなのです。

人生を「金継ぎ」するという心理プロセス

発達性トラウマやACEの歴史を持つ人生は、最初からひびや欠けを抱えた器のように感じられるかもしれません。

でも、それは粗末だったから割れたのではない。
過酷な区間を走り抜けるために、何度もぶつかり、それでも手放さなかった器です。

ワークショップでやってきた内容は、実は単なる「修復」ではなく、リフレーミング(意味づけの再構築)というプロセスになります。

・なぜ、あのとき固まることしかできなかったのか
・なぜ、NOと言えなかったのか
・なぜ、必死に“いい子”でいようとしたのか

それらを「ダメな自分」ではなく、「その環境で生き延びるために、最善を尽くした反応」として捉え直していく。
そのとき初めて、ひびや欠けは「弱さの証拠」から「生き延びた証」へと意味を変え始めます。

金継ぎは、割れた場所を消す技法ではありません。

「ここで割れた」
「それでも、ここからつないだ」

その痕跡を、誇りとして残す技法です。
同じように、トラウマの歴史も「なかったこと」にするのではなく、今の自分を形づくっている一部として、少しずつ受け入れ直していく。

それは、過去を美化することではなく、「たしかに傷はあったし、今も影響は続いている。でも、傷そのものが、今の私を形づくっている」と語り直す行為です。

羽継ぎ(インピング)が教える「頼る力」の意味

発達性トラウマやACEを抱えていると、「人に頼る」「弱音を吐く」ことが、恐怖と結びついている人も少なくありません。

頼ったのに裏切られた。
助けを求めても、笑われたり、無視されたりした。
感情を出したら、怒られたり、拒絶されたりした。

そういう歴史を持つ神経系にとって、支えに寄りかかることは、リスクの高い行為として記録されています。

「人に頼るなんて、、」と思った時に思い出してほしいのがインピングの技術です。
羽の折れた鳥を救うインピング(羽継ぎ)は、傷ついた羽の代わりに一時的な羽を継ぎ足して飛べるようにする技術です。
それは、永続的な羽ではなく、あくまで回復までの“仮の羽”です。

人の回復過程にも、同じ流れがあります。
心理学では、回復において「一時的な外部の支え(セーフティネット)」の存在が非常に重要だと指摘されています。
誰かの言葉、そばにいてくれた感覚、何気ない時間。

それらは依存や甘えの証拠ではなく、生き延びるために必要だった継ぎ足された羽と言えます。
自前の羽だけで飛べなかった時期があったとしても、それは「だめだった自分」ではなく「生き延びた自分」の証です。

一時的に誰かの羽を借りることは、自分の羽を回復させるための、大事な準備期間です。
それは、弱さではなく、長く飛び続けるための選択です。

未来の自分へ「続きがある」と伝える

発達性トラウマやACEがあると、「どうせこの先も変わらない」「自分には無理だ」という感覚が、呪いの言葉のように染みついていることがあります。

未来への手紙は、この呪いの効力を弱める行為です。

書いているとき、人は自然と
・自分を少し引いた位置から眺める(メタ認知)
・感情を言語化する(情動の整理)
・「いま・過去・未来」という時間の線上に自分を位置づけ直す

というプロセスに入ります。
これは、不安や恐怖をつかさどる神経系の過活動を鎮め、「この状態は永遠に続くわけではない」という感覚を脳に学習させる働きがあります。

変わらないかもしれない、という感覚を否定しなくて大丈夫です。
そのうえで、「もしほんの1ミリだけ違う選び方があるとしたら?」と仮の未来を描いてみること自体が、神経系にとって新しい経験になります。

未来への手紙は、「ポジティブになりなさい」という命令ではありません。
脳に「この物語には続きがあるんだよ」「ここで終わりじゃないよ」と伝える合図でもあるのです。

ワーク:過去の自分と未来の自分とトークしよう

ワーク① “生き延びるために必要だった反応”を探す
いきなり深掘りしすぎない範囲で、書けそうなところだけで構いません。

・子どものころ、繰り返されていた「つらかった場面」を一つだけ思い出す
・そのときの自分は、「どうやってやり過ごそうとしていたか」
(黙る・笑う・いい子でいる・空想で逃げる・体の感覚をオフにする…など)
・その反応が、「その場を生き延びるために、どんな役に立っていたか」を言葉にしてみる
・襷を次のじぶんまで渡してくれた事実への感謝へとリスペクトをその頃のじぶんへ一言伝える

ここでのポイントは、ただ「よくやったね」と評価することではありません。
「あのときの自分なりの最善のサバイバルだった」と事実として認め直していくことです。

ワーク② 未来の自分への3行レター(“前向き”でなくていい)
次の問いに、それぞれ1行ずつ答えてみてください。
・これからも、たぶん簡単には変わらないであろう「自分のパターン」に、どんな言葉をかけたい?
・それでも、変わる可能性がゼロではないとしたら、そのわずかな可能性に、どんなふうに寄り添いたい?
・しんどくなったときの自分に、「これだけは忘れないでほしい」と渡したい一文は?

ポジティブである必要はありません。
「それでも、ここまでよく生きてきた」という事実を、あなた自身が受け止められる言葉が一つでも書けたら、それだけで十分です。

新しい年に、無理に「前だけ」を向かなくていい

新年だからといって、すぐに大きな目標を掲げなくてもかまいません。
むしろ、少し立ち止まり、ここまでの自分の人生駅伝を走ってきた勇姿を振り返る時間を持つことは、長い目で見れば回復と成長の近道です。

特に発達性トラウマやACEの傷は、早く癒えるものではありません。
むしろ、「変わらなきゃ」「手放さなきゃ」と急かす声が強くなるほど、神経系は再び防御モードに入ってしまいます。

走り出すことを急がなくていい。
完璧な器を目指さなくていい。

すでにヒビや欠けた部分を抱えたまま、それでも生き延びてきた器を、少しずつ金でなぞっていくこと。
誰かの羽を借りながら、ゆっくりと自分の羽を育てていくこと。

そのプロセスの中にこそ、発達性トラウマやACEを抱えた人だからこそ持ちうる、深い共感や感受性、他者の痛みに気づく力が育っていきます。

あなたはすでに、「倒れながらもあきらめなかった」という経験を持っていて、それ自体が、誰かにとっての金継ぎや継ぎ羽になり得る資産でもあります。

人生は、ずっと同じペースで走り続けるものではありません。

立ち止まる区間もある。
歩く区間もある。
襷を抱えたまま、
動けない時間もある。

それでも、あなたの人生は、確かにつながっている。

もしまた迷ったときには、あなたの人生の金継ぎの軌跡に戻ってきてください。

そこには、
割れたままでは終わらせなかった人生と、
飛べない時間を生き延びた証が、
確かに残っています。

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