過去は変えられなくても過去との関係性は変えられる

この記事は、人生の棚卸しを通して“自分史”を再編集していくワークショップ
「わたしの物語カフェ」4ヶ月目のテーマ

《転機と出会いの場面を拾いなおす
── 過去は変えられないけれど、“過去との関係性”は変えられる──》

をさらに深めるための “サポート記事” として書いています。

ワークショップに参加されているあなたにも、テーマに惹かれて読んでくださっているあなたにも、ここからのお話があなたと、あなたの過去との関係性を少しでも柔らかくするものになれればと願っています。

視点がひとつ増えるだけで、物語は動き出す

突然ですが、映画『タイタニック』を見たことはありますか。あなたの中でこの映画はどんな物語として残っているでしょうか。

多くの人にとって、この作品は“悲劇の恋”の物語かもしれません。
しかし──視点を変えるだけで、同じ映画がまったく別の表情を見せ始めます。

・もし「ジャック視点」で語られたら?
・もし「タイタニック号を設計した人」の語りだったら?
・もし「最後まで演奏し続けた楽団のひとり」が主人公だったら?

出来事は同じでも、語り手が変われば“意味”は変わる。

これは映画だけの話ではありません。
私たちの人生も、まったく同じ構造でできています。

当時の自分には、苦しさや孤独、後悔しか見えなかった出来事も、時間を経た今だからこそ、別の光で照らせることがある。

心理療法の世界ではこの働きを「ナラティブセラピー(物語療法)」と呼びます。

事実は変えられない。
でも、その出来事が “どんな意味をもっているか” は、いつからでも書き換えることができます。

“風向きの変化” によって進路が変わるように

思い返してみると、あの頃はただつらくて、ただ必死で、理由もわからないまま目の前の波を受け止めるだけで精一杯だった──そんな時期は誰にでもあります。

しかし、時間をおいて振り返ると──
あの“変化”がなかったら出会えなかった人や、あの“風の向き”が変わらなければ見えなかった景色があったことに、ふと気づけることがあります。

過去そのものは変えられない。
でも、過去に向ける“まなざし”はいつからでも変えられる。

その鍵になるのが、「視点を増やす力」 です。

視点を増やすとは “文脈を広げること”

視点を増やすとは、ひとつの角度だけで出来事を判断せず、より広い文脈の中で捉え直す力のことです。

当時はただつらく、ただ耐え、ただ生き延びることで精一杯だったとしても──
今のあなたには、
● 経験という時間の蓄積があり
● 落ち着いて振り返る力があり
● 違う角度から出来事を見る余裕があります。

それは過去を美化することでも、無理に前向きに変換することでもありません。

ただ、
「別の角度から見ると、こうも見えるかもしれない」
と気づくこと。

そのちょっとしたまなざしの変化が、心の痛みをそっとゆるめ、あなたの人生物語に新しい色をそえてくれます。

視点が増えるだけで、過去の意味はゆっくりと変わっていくのです。

自然が教えてくれる “関係性の変化” の力

◆ 昇仙峡に刻まれた時間 

── 傷は「削られる痛み」でもあり、「形づけられる年月」でもある

「日本一の渓谷美」とも謳われている昇仙峡の巨大な花崗岩は、川が気の遠くなるような年月をかけて岩を削り続けた結果、あの独特の形が生まれています。

削られる側としては、痛みのようにも感じるかもしれません。
でも、その痛みの連続があの景観をつくりあげた。

私たちの人生にも、似たことが起きています。

当時はただ痛かった出来事が、振り返ると「自分の輪郭をつくった時間だったのかもしれない」と感じられる瞬間。

それは、時間が育てた“意味の変化”です。

蝉のお母さんの物語

── 「その時の最善」は、未来のすべてを見通せなくてもいい

ちょっとわたしの妄想にお付き合いください笑
蝉のお母さんは、8年前に“ここが一番いい”と思える木に卵を産みました。

でも、8年の間に環境が変わり、幼虫は地上に出ようとするたび固い壁にぶつかり、ようやく出てきたときにはそこはアスファルトの駐車場。

蝉のお母さんは未来を完全に見通せたわけではありません。
たった2週間で冒険をし、パートナーを探し、家探しに出産までの過程をこなさないといけず、時間も余裕もなく、8年後の世界がどうなってるかなんての聞き取り調査や想像力を働かせられる状況では無かったかもしれません。
その時の状況で、その時の感覚で、精いっぱい“最善”を選んだだけ。

これは人間も同じです。

未来のことなんて、誰にも完璧にはわからない。
その時の自分にできる最善を選んできただけ。

だから──
あの時の自分の決断を責めすぎなくていい。

この視点を “過去の自分” に重ねると、過去との関係性が少しやわらかくなるかもしれません。

パラレルワーク── 視点が広がると、過去の景色が変わる

視点を増やすための具体的な方法が「パラレルワーク(別視点の物語づくり)」です。

過去の痛みが深く残るとき、多くの場合その背景には“ひとりで受け止めていた記憶”があります。

助けが来なかった。
味方がいなかった。
声が届かなかった。

その“孤立”こそが、痛みを長く留めてしまう理由のひとつです。

パラレルワークとは、ひとつの出来事を別の語り手の視点から語り直してみる方法です。

たとえば──
・未来のあなたなら、あの場面をどんな眼差しで見守るだろう?
・当時のあなたを近くで見ていた親友なら、なんと言ってくれるだろう?
・身近なモノやペットが語り手だったら、あなたをどう感じていただろう?

そんなふうに別視点を静かに差し込むと、孤立していた記憶が、“味方がいた物語”へとゆっくり書き換わりはじめます。

語り手が変わるだけで、あの時の自分を責めていた語りはすっと力を失い、
「あの頃の私は、ただ懸命に生きていただけなんだ」という優しい理解が胸の奥に広がっていきます。

これは、トラウマケアの中でも重要とされる「記憶の再編集」の働きそのもの。

過去の“事実”は変えられません。
しかし、その出来事に向ける“まなざし”は、いつからでも変えることができます。

あなたの中の記憶が、「責める物語」から「尊厳と理解の物語」へと形を変えていくとき、心の痛みはほどけ、過去との関係性がやわらかく変わりはじめます。
まるで、ひとつの視点だけでは見えなかった「宝石」を少し角度を変えて照らしなおすようなものです。

同じ出来事でも、わずかな光の当て方のちがいで、心に映る景色は穏やかに、あたたかく、そしてあなたにとって“意味のある物語”へと生まれ変わっていくのです。

過去は変えられない。でも、過去との関係性なら変えられる。

これは、「無理やり前向きになりましょう」という話ではありません。

過去に起こった出来事はそのままでいい。
あなたが感じてきた痛みも、そのままでいい。

過去そのものは変えられない。
でも、その物語をどう読み解くかは、今のあなたが選べる。

昇仙峡の岩のように、痛みに思えた時間があなたの形をつくっているかもしれない。

蝉のお母さんのように、その時その時で選んできた「最善」に、今だから向けられる優しさがあるのかもしれません。

今日、あなたが少しだけ視点を動かしたこと──
それ自体が、もうすでに“物語の書き換わる瞬間”です。

どうか忘れないでください。
人生物語は、いつからでも編集し直せるし、これから先何度でも新しい意味を受け取っていける。
あなたの昨日までの物語にも、これから続く物語にも、そっとやさしい意味が宿りますように。

“The way we see the past is always free to change.”

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