ふとした瞬間に、“昔の自分”を取り調べてしまうことはありませんか

「あの時、どうしてあんなことをしたんだろう」

もっとちゃんと断ればよかった。
あんな人に優しくしなければよかった。
どうして気づけなかったんだろう。
なんであんなに我慢していたんだろう。

気づいたら、頭の中に——

“過去の取り調べ室”が開いている。

昔の自分を椅子に座らせて、問い詰める。

「説明してください」
「なぜ、そんな判断を?」
「あなたにも問題がありましたよね?」

……なかなか厳しい取り調べです。

でも。

その椅子に座っているのが、

誰にも助けを求められなかった10代のあなた。
必死に笑っていた20代のあなた。
ただ、その日を生き延びることに精一杯だった“あの頃のあなた”だとしたら。

同じように問い詰められるでしょうか。

出来事は変えられない。
でも、“あの頃のわたし”との関係は変えられる

まず、大切なことをひとつ。

つらかった出来事を、「よかったこと」にしなくて大丈夫です。

傷ついたことを、美談にしなくていい。
理不尽だったことを、「必要な経験だった」と無理に意味づけしなくていい。

痛かったものは、痛かった。
悲しかったものは、悲しかった。

それでも。

その出来事を生きた“自分”へのまなざしは、変えられることがあります。

たとえば——

「なんで逃げなかったの?」
ではなく

「逃げられないくらい、怖かったんだね」

「なんで言い返さなかったの?」
ではなく

「あの時は、黙ることが一番安全だったんだね」

「なんであんな人にしがみついたの?」
ではなく

「ひとりで抱えるには、あまりにも寂しかったんだね」

同じ出来事でも、

“裁判官の目”と“理解者の目”では、見える景色が変わります。

あなたの中のボディーガードたち

人に合わせすぎてしまう。
頑張りすぎてしまう。
急に何もできなくなる。
感情がわからなくなる。
つい食べすぎたり、スマホを見続けてしまう。

そんな自分を見るたび、

「またやってしまった」
「なんで普通にできないんだろう」

そう思ってしまうこと、ありませんか。

でも、もしそれが——

あなたの中にいる“ボディーガード”の仕事だったとしたら?

たとえば昔、

本音を言ったら嫌な顔をされた。
空気を読まないと怒られた。
頑張っていないと認めてもらえなかった。
弱さを見せた時に傷ついた。

そんな場所で生きていたなら、

心はきっと、“守る係”を育てます。


人の顔色を読むボディーガード
「危険人物チェック中です。空気、読んでおきます!」

頑張りすぎるボディーガード
「成果を出せば安全です!動き続けてください!」

無気力になるボディーガード
「これ以上は危険です!全館シャットダウンします!」

感情を切るボディーガード
「ここで感じるのは危険です。感覚オフにします。」


あの頃、その働きは必要だったのかもしれません。

実際、その子たちがいたから、
あなたはここまで生き延びてこられた。

でも問題は——

もう戦いが終わっているのに、彼らがまだ24時間勤務を続けていること。

「もう安全なのに、なんで?」

そう思いますよね。

それは、

心や脳は、“もう安全だよ”という情報を、すぐには受け取れないことがあるから。

昔の危険に合わせて作られた警備システムは、
今日のあなたにも、同じ警報を鳴らしてしまうことがあります。

もう平和なカフェなのに、
入口で金属探知機を持って立っている。

優しい人が話しかけてきても、

「怪しいです!」

と止めてしまう。

休んでもいい日なのに、

「怠けは危険です!」

とアラームを鳴らす。

火事が終わったのに、
火災報知器だけが鳴り続けているみたいに。

彼らは敵ではありません。

古いマニュアルで、今もあなたを守ろうとしているだけ。

だから必要なのは、

クビにすることじゃなく、

「ありがとう。でも、今は別の守り方もあるよ」

と伝えていくことかもしれません。

彼らが残してくれたもの

ボディーガードたちは、
ただ危険から守っていただけではなかったのかもしれません。

長い時間をかけて、
あなたの中に何かを残していきました。

人の顔色を見ていたあなただからこそ、
相手の小さな変化に気づける観察力が育ったのかもしれません。

頑張り続けてきたあなただからこそ、
簡単には諦めない力が育ったのかもしれません。

立ち止まる時間があったからこそ、
無理をしすぎた時に気づける感覚が育ったのかもしれません。

もちろん、
つらかった出来事を良かったことにする必要はありません。

雨の日は雨の日。

苦しかったものは苦しかった。

その事実は変わりません。

でも、もし、その時間がなかったら。

今のあなたに残っている力のいくつかは、
生まれていなかったかもしれません。

心理学には、
PTG(心的外傷後成長)という考え方があります。

それは、
傷ついた経験を美談にすることではなく、

その経験を通して育った力に気づいていくこと。

雨が育てたもの。

遠回りしたから見つけられたもの。

生き延びたからこそ残ったもの。

それらを見つめることもまた、
過去との関係を変えていくひとつの方法なのかもしれません。

過去の自分に、今のあなたが会いにいく

ここまで読んで、
もし胸がざわざわしたり、呼吸が浅くなっていたら。

ここで少し止まって大丈夫です。

白湯を飲む。
足の裏を床に感じる。
部屋の中で青いものを3つ探してみる。

まずは、「今ここ」に戻ってきてくださいね。

無理に急がなくて大丈夫です。


もし少し余裕があれば。

あの頃のあなたは、どこにいますか?

学校の帰り道?
職場のトイレ?
夜のベッドの中?
誰かからの返信を待っていた部屋?

どんな表情をしていますか?

肩は上がっていますか?
胸は苦しいですか?
喉はつまっていますか?
お腹は石みたいに固いですか?

その子は、あなたに気づいていますか?

最後に

過去は変えられません。

でも、

あの頃の自分との関係は、少しずつ変えていけるかもしれません。

まずは、これだけでいい。

「長い間、守ってくれてありがとう」

もし、

ひとりであの頃の自分に会いに行くのがしんどい時は。

途中で胸が苦しくなったり、
何も感じなくなったり、
「わからない」しか出てこなくても大丈夫です。

そういう時は、
ひとりで頑張らなくていい。

頭心大のワークショップでは、

心の反応を「ダメなもの」として直すのではなく、
“自分を守ってきた反応”としてやさしく理解していく時間を大切にしています。

誰かと一緒だから見える景色があります。
安心できる場だから、少しだけ近づける記憶もあります。

もしあなたが、

「ひとりで暗い部屋に入るのはまだ怖い」

そんなふうに感じているなら。

一緒に、小さな灯りを持って入ってみませんか。

頭心大ワークショップ「わたしの物語カフェ」では、
心・体・思考をつなぎながら、あなたの中の“ボディガード”たちとやさしく出会う時間をつくっています。

うまく話せなくても大丈夫。
答えがまとまっていなくても大丈夫。

あなたのペースで、大丈夫です。

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