自分を責める前に読む、心の中の“社員”という見方

やらなければいけないのに、なぜか動けない朝はありませんか。
頭では分かっているのに、体が布団から出てくれない。
「今日こそやろう」と思っていたのに、急に不安になる。
休みたいのに、休んでいると罪悪感が出てくる。
挑戦したいのに、怖くなる。
人と会いたいのに、誰とも話したくなくなる。
そんなふうに、自分の中でいくつもの声がぶつかると、私たちはつい思ってしまいます。
「私って、なんでこんなに面倒なんだろう」
「どうして一つに決められないんだろう」
「また優柔不断になっている」
でも、それは壊れているサインではないのかもしれません。
あなたの中で、今日もたくさんの社員たちが、それぞれの持ち場で一生懸命働いているだけなのかもしれません。

朝のコーヒーにも、たくさんの部署が働いている
朝、目が覚めます。
まだ布団のぬくもりが心地よくて、「あと5分だけ……」と思いながらも、ゆっくりと体を起こします。
キッチンへ向かい、お気に入りのマグカップを取り出し、コーヒー豆を挽く。
お湯が沸く音。
ふわっと広がる香ばしい匂い。
白い湯気。
手のひらに伝わるマグカップの温かさ。
この何気ない朝の数分間。
実は、あなたの体の中では、たくさんの部署が一斉に仕事を始めています。
足は、あなたをキッチンまで運びます。
目は、コーヒー豆の場所を探します。
耳は、お湯が沸く音を聞きます。
鼻は、香りを感じ取ります。
手は、熱いマグカップを落とさないようにそっと包みます。
脳は、「今日はどんな一日になりそうかな」と予定を整理しています。
誰一人として、
「私が主役です」とは言いません。
目が足に向かって、
「あなた、歩くだけでいいですね」
なんて嫌味を言うこともありません。
鼻が耳に向かって、
「香りも分からないなんて、仕事してます?」
と会議室で詰めることもありません。
それぞれが、自分の持ち場で、自分にしかできない仕事をしている。
だから、一杯のコーヒーを飲むという、ごく当たり前の朝が生まれています。
体は、いつもチームで働いています。
では、心はどうでしょうか。

心の中にも、会社がある
私たちは、自分の心を「一つのもの」だと思いがちです。
でも、本当にそうでしょうか。
例えば、新しいことに挑戦しようと思った朝。
ある声は言います。
「やってみよう。楽しそう!」
すると、すぐに別の声が聞こえます。
「でも失敗したらどうする?」
さらに、別の声。
「昨日も疲れていたよ。今日は休んだ方がいいんじゃない?」
そして、また別の声。
「その前に、返信していないLINEがあるよ」
心の中で、急に会議が始まります。
挑戦したい自分。
怖がる自分。
休みたい自分。
ちゃんとしなきゃと思う自分。
人にどう思われるか気になる自分。
どれも、自分。
だけど、どれも少しずつ言っていることが違う。
そんな時、私たちはつい、
「私は意志が弱い」
「なんでこんなに迷うんだろう」
「私の中はバラバラだ」
と感じてしまいます。
でも、もしそれが会社の会議室だったらどうでしょう。
営業部:
「挑戦しましょう。新しい可能性があります」
危機管理部:
「その前にリスク確認をしましょう」
総務部:
「社員の疲労がたまっています」
経理部:
「体力の予算が不足しています」
広報部:
「周囲との関係性も考えた方がよさそうです」
これを聞いて、
「この会社は壊れている」とは思いません。
むしろ、ちゃんと会社が動いている証拠です。
会社の真ん中にあるコアバリュー、“何を大切にするか”が見えなくなると、優秀な社員ほどぶつかります。
でも、その軸が見えてくると、それぞれの部署は少しずつ協力し始めます。

心の社員たち
IFS、パーツ心理学では、私たちの心はたくさんの「パーツ」でできていると考えます。
難しく聞こえるかもしれませんが、ここでは「心の社員たち」と考えてみてください。
あなたの中には、いろいろな社員がいます。
前に進もうとする社員。
危険を見つける社員。
周りの空気を読む社員。
疲れを知らせる社員。
感情を届ける社員。
今すぐ苦しさを下げようとする社員。
どの社員も、あなたを困らせるために存在しているわけではありません。
それぞれのやり方で、あなたという会社を守ろうとしてきました。
少し、社員たちを紹介してみましょう。
営業部
「いけます!やりましょう!」
営業部は、前に進む力を持っています。
新しいことに挑戦する。
人に会う。
仕事を進める。
目標を立てる。
「きっとできるよ」と背中を押してくれる部署です。
この部署のおかげで、私たちは何度も一歩を踏み出してきました。
でも営業部が頑張りすぎると、予定はぎっしりになります。
休む時間がなくなります。
「まだできます」
「あと少しだけ」
「ここで止まったら迷惑がかかる」
そう言いながら、気づけば残業続き。
営業部は悪い社員ではありません。
ただ、会社全体の体力を確認する前に、走り出してしまうことがあるのです。

危機管理部
「念のため、最悪を想定します」
危機管理部は、誰よりも早く危険を見つけます。
失敗したらどうする?
嫌われたらどうする?
また傷ついたらどうする?
相手の顔色が少し曇っただけで、すぐに気づきます。
声のトーンが変わっただけで、警報を鳴らします。
この部署は、少し心配性に見えるかもしれません。
でも、危機管理部は一番早く出社している社員です。
まだ誰も来ていない朝から、会社の窓が閉まっているか、火は消えているか、危ない荷物は届いていないか、ずっと見回っています。
だから、少し疲れています。
でも、誰よりも願っているのです。
「今日も、この会社が無事でありますように」
その不安は、弱さではなく、あなたを守ろうとする警備員の足音なのかもしれません。

総務部
「少し休憩しませんか?」
総務部は、会社全体のコンディションを見ています。
肩が重い。
呼吸が浅い。
眠い。
ため息が増える。
胃が石みたいに固い。
喉が詰まる。
胸がぎゅっと苦しい。
そうした身体のサインを、総務部は何度も社長に届けています。
「肩がかなり固くなっています」
「呼吸が浅くなっています」
「少し休憩しませんか?」
でも、忙しい時ほど社長はその電話に出ません。
「あとで」
「今は無理」
「これが終わったら休む」
そう言っているうちに、総務部は少しずつ通知音を大きくします。
肩こり。
眠気。
頭痛。
涙。
それでも気づいてもらえない時、最後には身体全体にブレーキをかけることがあります。
動けない。
何もしたくない。
ぼーっとする。
これは怠けではなく、総務部からの緊急連絡かもしれません。
「これ以上働くと、会社が倒れます」
総務部は、あなたを止めたいのではありません。
あなたという会社を、長く続けさせたいのです。

広報部
「笑顔でいきましょう」
広報部は、人との関係を整えるのが得意です。
場の空気を読む。
相手が何を求めているか察する。
笑顔で返す。
言葉を選ぶ。
「大丈夫です」と言う。
この部署のおかげで、人間関係がスムーズに進んできた場面もたくさんあったはずです。
でも広報部が働きすぎると、本当の気持ちが社外秘になってしまいます。
本当はつらい。
本当は嫌だった。
本当は休みたかった。
でも広報部は言います。
「ここで空気を壊すわけにはいきません」
「相手を困らせてはいけません」
「笑顔で乗り切りましょう」
広報部もまた、会社を守ろうとしています。
ただ、その働き方が続きすぎると、社内の本音がどこにも出せなくなってしまうことがあります。

感性開発部
「感じることにも、ちゃんと意味があります」
感性開発部は、この会社の中で一番やわらかい部署です。
笑うこと。
泣くこと。
遊ぶこと。
きれいなものを見て胸が動くこと。
誰かにそばにいてほしいと思うこと。
空の色を見て、少し立ち止まりたくなること。
そうした、効率では測れない大切な感覚を担当しています。
この部署は、会社に温度を戻してくれます。
正しさや効率だけでは拾えない、人生の手ざわりを届けてくれるのです。
でも忙しい会社では、感性開発部はよく後回しにされます。
「今はそんなことを感じている場合じゃない」
「もっとちゃんとしなさい」
「泣かないで」
「遊んでいる暇なんてない」
そう言われ続けると、感性開発部は会議室の一番奥に座るようになります。
本当は今でも、社長に言いたいのです。
「今日は少し遊ぼう」
「本当は悲しかった」
「それ、私は好きじゃない」
「こっちの方が、なんだか心が明るくなる」
感性開発部の声は、小さいかもしれません。
でもこの部署が静かになりすぎると、会社から色が消えてしまいます。
感性開発部は、あなたの心に温度と色を戻してくれる大切な部署です。

緊急対応部
「今はまず、この苦しさを下げます」
緊急対応部は、会社の中で苦しさが限界に近づいた時に動く部署です。
普段は静かに待機しています。
でも、心の中で火事が起きると、誰よりも早く出動します。
寂しさが燃え上がった時。
不安が大きくなりすぎた時。
怒りが爆発しそうな時。
昔の痛みが急に顔を出した時。
緊急対応部は、考えるより先に走り出します。
スマホを見続ける。
甘いものを食べる。
眠り続ける。
買い物をする。
急に怒る。
誰とも連絡を取らなくなる。
その対応が、あとで会社を疲れさせることもあります。
でも緊急対応部は、あなたを困らせたいのではありません。
「今は理由を分析している時間はありません」
「まず、この苦しさを下げます」
その一心で動いている部署なのです。
緊急対応部が毎日出動しているなら、会社全体の働き方を見直すサインかもしれません。
必要なのは、緊急対応部を責めることではなく、
「なぜ、こんなに火事が起きているのだろう」
と、会社全体で見直していくことなのかもしれません。

ブラック企業になっていませんか?
ここで少し、あなたの心の会社を想像してみてください。
営業部は毎日残業。
危機管理部は24時間警戒。
広報部は笑顔を貼り付けたまま。
総務部は何度も休憩申請を出しています。
「肩が重いです」
「眠れません」
「呼吸が浅くなっています」
でも社長は言います。
「今は忙しいから」
「気合いで頑張ろう」
感性開発部が、
「悲しい」
「本当はこっちが好き」
と言っても、
「今はそんなことを感じている場合じゃない」
緊急対応部は毎日出動。
会社中で警報が鳴っているのに、誰も会議を開かない。
この会社で働き続けたら、社員たちはどうなるでしょうか。
やる気が出なくなる日が来るかもしれません。
身体が動かなくなる日が来るかもしれません。
小さなことで涙が出る日が来るかもしれません。
それは、社員が怠けているからではありません。
会社を守るためのストライキなのかもしれません。
「この働き方では、もう会社がもちません」
そう言って、心や身体がブレーキをかけてくれているのかもしれません。
社長の仕事
では、良い社長とはどんな人でしょうか。
社員を怒鳴る人でしょうか。
一番働く人でしょうか。
全部の部署の仕事を完璧にこなす人でしょうか。
そうではありません。
良い社長は、まず聞きます。
「何があったの?」
「何を守ろうとしてくれたの?」
「何か困っていた?」
そして、会社全体に方向を示します。
「今日は、どこへ向かうのか」
「何を大切にするのか」
「どんな働き方にするのか」
IFSでは、この社長のような存在をSelfと呼びます。
Selfは、社員を黙らせる存在ではありません。
裁く存在でもありません。
好奇心と思いやりを持って、それぞれの社員の声を聞く存在です。
今日は、
「完璧にやる日」ではなく、
「一歩だけ進む日」
今日は、
「全部終わらせる日」ではなく、
「身体を整える日」
今日は、
「誰かに認められる日」ではなく、
「自分との約束を一つ守る日」
今日は、
「正解を出す日」ではなく、
「自分の本音を一つ聞いてみる日」
目的が決まると、不思議なことが起こります。
営業部も、危機管理部も、総務部も、広報部も、感性開発部も、緊急対応部も、
「それなら私はこう動きます」
と、それぞれの役割を調整し始めます。
会社の真ん中にある「何を大切にするか」が見えなくなると、それぞれの部署は自分の役割を守ろうとしてぶつかります。
でも、その軸が見えてくると、違う役割を持ったまま、少しずつ力を合わせられるようになります。
社内インタビューをしてみる
ここで、一つだけ提案があります。
今日は社員を注意する会議ではなく、社員を理解するためのインタビューを開いてみませんか。
立派にやらなくて大丈夫です。
答えが出なくても大丈夫です。
まずは、静かな場所で深呼吸。
胸やお腹、肩のあたりにそっと意識を向けてみます。
そして心の中で、こんなふうに聞いてみてください。
「今日、一番忙しかった社員は誰かな?」
最初に浮かんだ社員で大丈夫です。
次に聞いてみます。
「何を守ろうとしていたの?」
「何が心配だったの?」
「どんな時に一番働いていたの?」
「本当は、私に何を分かってほしかったの?」
もし余裕があれば、さらに聞いてみます。
「その仕事は、いつ頃から始めたの?」
もしかすると、幼い頃から空気を読む必要があったのかもしれません。
期待に応え続けてきたのかもしれません。
悲しむより先に、頑張ることを覚えたのかもしれません。
怒られないために、先回りする力を身につけたのかもしれません。
社員には、それぞれ働く理由があります。
行動だけを見るのではなく、その理由を知ろうとすると、会社の空気は少しずつ変わり始めます。

名前をつけると、関係が変わる
社内インタビューをしてみて、もし何かの社員に気づいたら、名前をつけてみるのもおすすめです。
例えば、
「24時間パトロール部長」
「頑張り屋営業部長」
「空気読み名人」
「ブレーキ係」
「緊急出動チーム」
「だめな自分」と呼んでいたものに名前がつくと、少し距離ができます。
距離ができると、観察できます。
観察できると、会話ができます。
会話ができると、関係が変わり始めます。
それは、自分を分析するためではありません。
自分を責める目から、理解する目へ変えていくためです。
身体から届く、社内メッセージ
心の社員たちは、言葉ではなく身体を使って連絡してくることがあります。
私たちは、LINEの通知にはすぐ気づきます。
スマホが光ると、つい見てしまいます。
でも、身体から届く通知は、つい「あとで」にしてしまうことがあります。
肩が重い。
胸が苦しい。
喉が詰まる。
お腹が固い。
呼吸が浅い。
眠い。
涙が出そう。
それは故障ではなく、社内チャットに届いた未読メッセージなのかもしれません。
「総務部です。休憩が必要です」
「危機管理部です。少し怖がっています」
「感性開発部です。本当は泣きたいです」
「広報部です。笑顔を続けるのが苦しくなっています」
「緊急対応部です。火事が起きそうです」
身体の声を聞くことは、わがままになることではありません。
会社の連絡網を回復することです。

今日の終業前ミーティング
眠る前に、3分だけ時間を作ってみてください。
ノートに書いてもいいです。
心の中で聞くだけでも大丈夫です。
今日、一番頑張っていた社員は誰でしたか。
今日、一番疲れていた社員は誰でしたか。
今日、一番我慢していた社員は誰でしたか。
今日、会議に呼ばれなかった社員は誰でしたか。
今日、一番ありがとうを伝えたい社員は誰でしたか。
そして最後に、社長としてこんな言葉をかけてみてください。
「今日も会社を守ってくれてありがとう」
「気づくのが遅くなってごめんね」
「明日は、もう少し楽な働き方を一緒に考えよう」
うまくできなくても大丈夫です。
気づいただけでは変わらない日もあります。
インタビューしても、社員が何も答えてくれない日もあります。
それでも、「聞こうとしてくれた」という事実は、心の会社にとって大きな出来事です。
ずっと無視されていた社員が、初めて名前を呼ばれたようなものだからです。
自分の中で意見が分かれるのには、理由がある
私たちは、自分の中で意見が分かれると、
「私は弱い」
「私は面倒くさい」
「私はだめだ」
と思ってしまうことがあります。
でも、違う声があること自体は、問題ではありません。
あなたを守るために、それぞれ違う役割を持った社員たちが、自分の方法で一生懸命働いているのです。
大切なのは、問題社員を探すことではありません。
誰かを辞めさせることでもありません。
営業部を黙らせることでも、危機管理部を追い出すことでも、感性開発部を奥の部屋に閉じ込めることでもありません。
緊急対応部を責めることでもありません。
一人ひとりの声に耳を傾けながら、
「今日は、今月は、今年はどこへ向かおうか」
と会社全体に方向を示してあげること。
その方向が見えた時、あなたの中の社員たちは、少しずつチームとして働き始めます。
最後に
今日も、あなたの心の会社では、誰かが早朝から働いていました。
誰かは笑顔で窓口に立ち、
誰かは地下の機械室で、静かに会社を支えていました。
誰かは火事を止めるために走り回り、
誰かは会議室の奥で、小さな本音を握りしめていました。
そして誰かは、ずっとあなたを守るために見張っていました。
だから今日眠る前に、
社員を評価する会議ではなく、
社員をねぎらう会議を開いてみませんか。
「今日も、守ってくれてありがとう」
その一言で、ずっと働き続けてきた誰かが、
初めて椅子に腰を下ろせるかもしれません。
あなたを困らせているように見える反応にも、
その社員なりの事情と、守りたかったものがあります。
だから次に、自分を責めたくなった時は、
ほんの少しだけ立ち止まってみてください。
「今、誰が働いているんだろう」
「この社員は、何を守ろうとしているんだろう」
そう問いかけると、
「だめな自分」に見えていたものが、
今日まであなたを支えてきた仲間に見えてくることがあります。
今日もあなたの中の誰かが、
不器用なりに、一生懸命あなたを守ろうとしていたのかもしれません。








